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青雲会は35周年を迎えました

お知らせ

8月1日で青雲会は35周年を迎えました。

青雲マ-ク青雲会の理念 「何か世の為 人の為」

基本方針

  1. 「何か世の為 人の為」の理念のもと救急医療を行う
  2. 「最期は青雲会病院で」と言われる病院作りを目指す

青雲会病院開設35周年を祝して -何か世の為 人の為、苦節35年-
顧問・鹿児島大学名誉教授 愛甲 孝

時の流れの速さは歳を重ねるたびに実感することは古今東西みな同じのようである。青雲会病院は開設されてはや35年。思い起こせば川井田理事長にとっては波乱万丈の年月ではなかったろうかと思う。でも、彼は云う。「人と運に恵まれた人生、人生に無駄な事は何も無かった」と。苦節35年の月日の全てが彼を強くしたことは疑いない。恵まれた体格と根性は学生時代に柔道で鍛えられた。 鹿児島大学第一外科に同期に入局した仲間の一人としてその彼を身近に見つめ続けてきた。南九州病院に出張中であったかと思う。東京の癌研から赴任してきたバリバリの新任教授と口論し、上から目線についていけないと即座に席を蹴ったことがはたまた彼を強くした。その後、南九州病院の院長に請われ胸部外科医として再出発した。早くに医局を離れたこともあり動物実験を含め基礎臨床に没頭し、院長を驚かせる活躍ぶりであった。その院長とも救急医療の在り方について口論の末、後先も考えず退職を宣言した。そのことの連絡をもらった時は又も驚いた。そしてほどなくして開業宣言である。金もないのに大丈夫か?と心配したのは勿論私一人ではなかった。病院建築着手金を稼ぐため三島東海地区に出稼ぎに向かったことを今もよく覚えている。
現在の病院の理念である「何か世の為 人の為」を実践するために31床の病院を開設し救急医療を始めたのが今から35年前の今日である。開業当初の頃を私もよく覚えている。「人が寝ている時に寝てたまるか」と、防寒着を着て古びた玄関の間に待機し診療に昼夜を問わず頑張ったことを。誰よりも多くの患者を診、人の為に尽くしたことを私も知っている。また、理不尽な患者家族のクレームに数知れなく立ち向かってきたことが、これまた彼を強くした。 その後も川井田病院は質、量ともしだいに拡充され、今の原点が形成されたと思う。この頃から柔道部後輩の坂梨先生をはじめ多くの職員が仲間に加わり、今日まで彼についてきて現在も活躍している。何ともいえぬ彼の前向きな天性と魅力故であろう。その後、青雲病院、青雲会病院と発展していくのにはさほど時間もかからなかった。まさに川井田理事長の組織の「雪だるま作り」の神髄発揮である。島内先生が院長として経営に参画し、病院もさらに発展し医療法人化された。その後まもなく病院の核として松原先生や平田先生が参画し今日の医局の原型が形成された。この後は、私どもの記憶に新しいところである。
今ある青雲会病院、青雲荘は、川井田理事長のきめ細かな配慮と大胆な発想のもとで構築された。次世代の若い職員も感じ取って頂きたい、彼の救急医療と青雲タウン構想に対する熱き思いを。そして新たな歴史を築いて欲しい。「やれば出来る、やらねば出来ない」という彼の信念のごとく。今、時代が変わろうとしている。超高齢化、少子化の時代に向けて医療制度もターニングポイントにある。 新たなる歴史の構築に向けてさらに関係者一同努力されんことを願い、開設三十五周年を心から祝福したい。


総合目標の額


35年のあゆみ

川井田病院時代(昭和55年8月~平成2年3月)

当時、隣町の国立病院に勤務していた川井田理事長は、患者さんから「夜間こまった時に助けてくれる病院が欲しい」と嘆く声を聞き、自分がこの姶良の地で救急医療を行い、人の役に立ちたいという気持ちで川井田病院建設を決意しました。「何か世の為 人の為」の理念は、そのような思いが込められています。開業資金はもちろんのこと、経営に関する何の知識も持たずに、まさに裸一貫での出発でしたが、「青雲の志」を抱き、持ち前の「使命感」を原動力 に開院に漕ぎ着けました。その後も、何度か危機的な状況にありましたが、そのたびにいろんな人たちの助けによって切り抜けられました。

昭和55年8月 川井田病院開設(31床)縁もゆかりもなかった姶良の地で「何か世の為 人の為」を実践する為、救急病院を開設 川井田病院
昭和63年4月 50床に増床 増床工事 屋上にて

青雲病院時代(平成3年4月~平成20年7月)

  • 名前の由来

”鹿児島にこの病院あり”と言われるような病院を目指すにあたって、病院名が個人の名前では職員の士気が揚がらないと考え、漢詩「青雲の志し」より青雲病院という名称にしました。

青雲マーク
  • 青雲会のシンボルマーク

“地方にいても心は中央”そのような思いの中、鹿児島のシンボル桜島に稲光のように光る青雲の“S”をつけています。いつかは「鹿児島に青雲会あり」と言われる日がくるだろうとの思いを込めて・・・。

平成3年4月

青雲病院に名称変更

7月

50床から136床に増床 「耐えろ鍛えろ夢を持て」の精神で組織を大きくしていく

平成7年4月

医療法人青雲会設立

青雲病院写真1
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絵画1 絵画2 絵画3
院内には約200枚の油絵が飾ってあります。無機質になりがちな院内の風景に彩を添え、訪れる方の心に安らぎを与えることでしょう。
  • 介護老人保健施設 青雲荘の開設
平成16年4月1日 在宅での生活もままならず、頼る家族も近くにいないお年寄りに、非日常のサービスを提供し、安心して楽しく生活できる施設を造ろうとの思いで、青雲荘を開設しました。定員 入所70名、通所リハビリテーション40名 青雲荘
職員は、利用者に元気を与えられるようにと、カラフルな制服を着用しています。また、部屋の呼称を全国の歓楽街名(原宿・すすきの・池袋など)にしてあるので、楽しく覚えやすいと好評です。 「きれいなお年寄り」を心がけ、お顔と口腔のケアと匂いをさせないように力を入れています。 青雲荘職員
開設当時の制服
荘集合写真現在
現在の制服

青雲荘は平成26年で開設10周年を迎えました。 「一致団結青雲荘! それがどうした青雲荘!」

7月 イベント紹介 8月 イベント紹介 10月 イベント紹介
7月のイベント紹介 8月のイベント紹介 10月のイベント紹介
青雲会病院時代(平成20年8月~ )

まだ青雲荘を建設途中だった平成15年の年末、たまたま受けた健康診断の結果、胃癌が見つかった川井田理事長は「もっと良い環境にしたい、職員の質も高めたい」と、病床の中で新病院建設を決めました。食べては吐き、食べては吐きの過酷なリハビリの末復帰した後、精力的に新築移転に向けて動き出しました。

  • 青雲会病院建築の様子

平成19年4月

平成19年4月

平成19年5月

平成19年5月

平成19年6月

平成19年6月

平成19年7月

平成19年7月

平成19年8月

平成19年8月

平成19年9月

平成19年9月

平成19年10月

平成19年10月

平成19年11月

平成19年11月

平成19年12月

平成19年12月(1)

平成19年12月(2)

平成19年12月(2)

平成20年1月

平成20年1月

平成20年2月

平成20年2月

平成20年3月

平成20年3月

平成20年4月

平成20年4月

平成20年5月

平成20年5月

平成20年7月20青雲会病院 新築移転 青雲会病院
青雲の国旗

新しい酒は新しい革袋に盛れ

「建物も場所も変わったのだから中身も変えよう」を合言葉に、接遇教育・コスト5S活動に取り組んでいます。

接遇勉強会

「また会いたいと思われる私になる」をキャッチフレーズに、平成18年から接遇教育に取り組みました。接遇を学ぶことで職員間のコミュニケーションも良くなり、笑顔にあふれ、病院全体が明るい雰囲気を醸し出している様に思えます。

接遇とは 「心からのおもてなし」「あなたを大切だと思っています」という気持ちを言葉や態度で表すこと
接遇に取組む目的 ・常に選ばれ続ける組織であるため ・職員間の人間関係を良くするため
接遇の基本 ①挨拶 ②表情 ③身だしなみ ④態度 ⑤言葉遣い等

現在、青雲会では所属長、サブリーダーが月に一度の勉強会を実施しています。また、接遇指導係りが毎週それぞれの部署で朝礼時にミニ研修を行ない、全職員が同じレベルの接遇が出来るよう接遇教育に力を注いでいます。接遇指導係バッヂ


 

お辞儀の練習 感動を与える青雲会 笑顔の練習
挨拶の練習 院内掲示物の一例 笑顔の練習

コスト5S活動

病院が大きくなり、患者が増え、職員数も400人の大所帯となりました。必然的に経費も増大し、業務のムリ・ムラ・ムダを省くことは組織を運営する中で、非常に重要な活動となります。コスト・5S推進係バッヂ


・活動内容の一例

①見える化 勤務のシフト制、業務のローテーションなどで人は常に入れ替わります。「見える化」すれば、聞く・探すムダを省けて効率的です。
②清掃活動 17時に流れるアナウンスを合図に全職員が一斉に清掃を始めます。自分達で清掃することで常に綺麗に保とうと美化意識が高まります。
③会議時間 10分前行動、5分前集合は当たり前。会議時間も30分以内と決め、時間にもコスト意識を持ちます。
④5Sコンクール それぞれの部署が1年の取り組みを紹介し表彰することで、改善活動をより活発にし職員のやる気を引き出します。5Sコンクール

5S・・・「整理・整頓・清掃・清潔・躾」

5Sの効果 清掃活動 見える化
5S活動の効果について 清掃を徹底する 「見える化」の一例

接遇もコスト5S活動も「一度、指導教育したから大丈夫」と思ったら大間違い。繰り返し根気よく何度も指導することが大切です。

50人に好かれ50人に嫌われるのが当たり前、理想の組織を作る

禁煙組織

平成11年、かねてから禁煙にしたいと考えていた川井田理事長は、敷地内・全館禁煙、また職員に対しても就業時間の内外を問わない完全禁煙を宣言しました。禁煙できない者は昇給や特別賞与もありません。当時、職員の半数以上が喫煙者であったため、大きな反発と、多数の退職者が出ることが予想されました。しかし、実際は禁煙に取り組む職員を皆で励まし合い、一人また一人と禁煙に成功し、最後の禁煙成功者には全体朝礼時に皆で拍手して称えました。今では入職する際、喫煙者は採用しない、喫煙した者は退職とし青雲会で働く400人全員が非喫煙者という理想の組織ができました。

命を預けられる身だしなみをする為、茶髪を禁止しています。茶髪はダメ

人間は考える葦である

ティータイム・イベント食

単調になりやすい入院生活でも、楽しみを見つけて頂こうと月に一度、「ティータイム」と「イベント食」があります。「患者さんとゆっくり話をする時間を持とう」と、青雲病院時代に始まった伝統のサービスです。美味しい食事やお茶を楽しみながら、職員との他愛のない会話に患者さんの笑顔がこぼれます。 6月に行った「青雲縁日」では、バイキング形式で賑やかなお祭りメニューがずらりと並び、ヨーヨー釣りや射的、輪投げ、綿あめなどのゲームコーナーも設けました。会場に飾る提灯やチケットなど、全て職員の手作りで1か月前からコツコツと準備をすすめました。どうしたら患者さんに楽しんでもらえるか?当院の管理栄養士はアイデア上手です。

ティータイム 青雲縁日
「ティータイム」 人間ドック室の受付担当職員と患者 「イベント食」 手作りの小物が雰囲気を盛り上げる
病院機能評価・人間ドック認定

平成14年に『病院機能評価Ver.3』を取得し、平成25年4月5日、3回目の更新を受け『病院機能評価Ver.6』認定。 平成25年2月23日、『人間ドック健診施設機能評価 Ver.2.0』を取得。

機能評価集合写真

平成25年4月 病院機能評価Ver.6認定

南日本新聞掲載時の記事です

平成25年3月24日 南日本新聞掲載


認定病院は、より良い病院作りを目指して成長し続ける病院です。

職場体験学習

『青雲会のファンを作ろう!』をテーマに高校生を招き、職場体験を通して様々な職種の人が病院で働いている事を伝え、地域の為に活動し続ける青雲会を知ってもらい、将来医療職に就きたいという夢を応援しようと平成24年に始めました。

手術室の様子 リハビリ体験 放射線室
オペ室 リハビリ室 放射線室

参加した生徒さんからの感謝の手紙を励みに、どうしたら感動を与えられるか、毎回工夫しています。

青雲会はアメーバーのように変化する

青雲タウン構想

平成22年10月、青雲会敷地内に「シニアマンション サザンブルー鹿児島」と「イタリアンレストラン ダ・クオーレ」がオープンしました。 「医・食・住」が揃う青雲タウンは、川井田理事長が、「歳をとった時に1人になり話し相手も居なくて寂しい」という外来患者さんの声を聞き、人生を駆け抜けてこられた方々に、これから更に快活で豊かな老後を過ごしてもらおうと思ったのがきっかけです。 青雲タウンはまだ構想半ばです。今後にご期待下さい。


青雲タウン


 

15年後の青雲会

姶良市は今後更に利便性が良くなり発展するでしょう。更に2025年問題と言われていますが、団塊世代が高齢化し、医療・介護分野での需要の高まりが予測されます。青雲会病院がこの地域で必要とされ続けるために環境整備が必要です。平成20年に新築したこの建物も20年も経てば劣化します。15年後に新しく青雲会病院を建て替えたいと考えています。その為に、社会情勢の変化に右顧左眄することなく青雲会の既存のパラダイムをシフトさせ「何か世の為 人の為」の理念を進化させていく必要があります。

青春とは、人生のある期間ではなく、心の様相を言うのだ

私には15年後にいまの病院を取り壊して、新しい病院を建てるという夢があります。上手くいくかどうかは私が生きているかですが、私が生きていて、社会が青雲会を必要としていると判断すればやるという気概でおります。職員の皆さんは、私と同じ夢を見て下さい。そして、青雲会が皆さんに何かするのではなく、職員一人ひとりが青雲会にLoyalty(忠誠心・愛社精神)を持って青雲会にどう貢献できるか考えて下さい。皆さんが青雲会を創っていくという組織にして下さい。


理事長写真


平成26年11月 朝礼スピーチより

-理事長 川井田 浩-

編集 : 企画・地域連携室 室長 川井田富士子 総務課 主任  野田鉄平 永田樹里 荘総務課 上奥誠 川中真理子

 

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